1.俺の目の届く範囲にいてくれ
「白臨、バルバットに来い」
珍しく煌帝国の首都、洛昌に帰ってきた紅炎様の姿を今朝見かけて、お仕事が終わって会えなかった間の色々なことを早く話したいと思っていた矢先。
まだ陽は沈んでおらず、いつもならばまだ仕事や何やで忙しいはずの総督閣下は読書をしている私の部屋にやってきてそう言った。
「お仕事はもう終わったんですか?」
「まだだ。だがこれも仕事のようなものだ。わかったな、急だが明日バルバットに戻る。今日中に荷物をまとめておけ」
言い終わると部屋の戸を閉めて出て行こうとする紅炎の服の裾を慌てて掴む。
バルバットなんて遠いところに言ったことはないし、そもそも元々の煌帝国の領地から出たことはないのだ。本当に急すぎる。紅炎様は自分の中で考えをまとめて、口に出すのは省略された一部のみだから何を言いたいのか分からない時がある。聞き返せば丁寧に教えてくれるのだけど、今回はいつもより輪をかけて意味が分からない。バルバットは他国統一のための重要拠点で、白瑛姉様のように戦える、戦力になる将軍たちが行くのであれば分かる。紅明様のように軍略に長けている方がいるのも分かる。
「私がバルバットへ行ってもお役に立てることなんてありませんから、かえってお邪魔になるのでは?」
「別にお前に役立ってもらおうと思っているわけではない。ある意味ではそうなのかもしれないが」
「おっしゃっている意味が……私はバルバットで何をしたらいいのですか?今までろくに武術を学んでいませんから、きっとねずみの1匹も退治できないと思いますけど……」
戸の前で立っていた紅炎様が部屋の中へ戻ってきて、私と向かい合うように座った。
あまり興味があるようでもなく、私の読みかけの書物を手に取り眺める。目線は書物に落としたままで話しはじめた。
「お前は……戦わなくていい。戦に出たところでたかが知れている、というよりも出撃前に死んでいそうだ」
「おっしゃるとおりで……」
「洛昌はバルバットから離れている。何か起こってもすぐに駆けつけられんからな。俺の目の届く範囲にいてほしいと思っただけだ。これは裏向きの事情だが」
「お、表向きの事情は!?」
そこでようやく顔を上げ、私と目を合わせてくれた。紅炎様は目つきが悪いと気にしているようだけれど、きりっとして意思の強そうな瞳だと思うのは贔屓目に見ているからだろうか。真っ直ぐ見つめられるとなんだか恥ずかしくなってしまうのは私が彼を好きになってから変わらない。
「紅明や他の者たちが盛り上がってしまってな。いいかげん俺も身を固めろと言い出して聞かなくなった。俺もいずれはそうしようと思っていたが、やるべきことをやってからだと言ったんだが……だが奴らの士気が俺の結婚ひとつで上がるならば、しない理由もないからな」
「ほあ、け、結婚……!!!」
結婚。結婚!?
ちょっと急すぎる!確かに紅炎様は最初に「急だが」とおっしゃってたけども……!
慌てる私を見て微笑みを浮かべながら立ち上がった紅炎様は、また戸の方へ歩いていってしまった。
「大して豪華なものにはならないだろうが。お前もそういったものに憧れていたらすまないが、玉艶に何か言われても面倒だ。秘密裏に、までとは言わないが、ごく親しい者のみで執り行う。明日の朝10時にはここを発つからそのつもりで準備を済ませておくように」
「こ、紅炎様ー!急すぎです!ちゃんとお話聞かせてくださいー!!」
「ああ、夕飯時になったらまた来る。それまで準備をしておけ。あと、その書物なら続き物も全て向こうに揃っているから持っていく必要はない」
そのままこちらに振り向きもせずに戸を閉めて出て行ってしまった。
ひとり残された私は、どうしたらいいのか分からずに戸の方をぽかんと見ていたが、少ししてはっと気づいた。きちんと求婚の言葉をいただいていない……!
どうやらお夕飯の際に一番に聞くことはそれになりそうだと考えつつ、読みかけの書物に手を伸ばした。
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2016年06月06日に書いてあったやつ。
どこかのお題サイト様からお借りしたタイトルですが、失念してしまいました…。
【補足】
夢主の名前は白臨。白徳大帝の末娘。この時点で16歳。
紅炎様は29歳。犯罪では???と思うけどこの世界ではそんなことない…はず…。
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